龍馬と考える。京都研修旅行(伝統的建造物群と空き家活用ビジネスの可能性について)

9月26・27日と、某不動産団体で京都研修旅行に行っておりました。いやー、やはり「本で知っている」のと「現地で感じる」というのはかなり違いますね!

 

 

書く事がたくさんありすぎて、多分こち亀くらいの大長編になるので、ごくごく端折って書きますが、それでも「全15話」くらいにはなりそうです。

 

 

ちなみにこの「15」というのは非常に重要な意味を持っています。ヒントは「龍安寺」ですが、まあ、これはノーガキが長くなるんのでまたいずれ。

 

 

 

色々行きましたが・・・写真をいくつか

 

 

 

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二条城唐門。ここをくぐると、かの「大政奉還」の最終舞台、二条城黒書院の間です。国宝なので内部の写真は撮れませんでしたが、すごい空気感でした。徳川最後の将軍、徳川慶喜はその時31歳ですって。

 

 

 

若いときは分かりませんでしたが、本当に苦しかったでしょうね。

 

 

 

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とかいいつつ、時代は遡って金閣寺です。「ザ・金」という所で、確かに圧倒はされますが、私に似合う場所ではありませんでした。

 

 

その割にノリノリですが・・・

 

 

 

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寺田屋にある龍馬画像。寺田屋の女将、お登勢さんが「あんた危ない事ばっかりしてヤバイから、今のうちに画だけでも残しとかれ!」というノリで書かせた肖像画との事です。

 

 

非常に堂々とした良い画ですし、私はなにより、龍馬の「両手の親指の曲がり方」が気になります。

 

 

 

多分これは、剣術、しかも居合(抜刀術)を相当修行した名残ではないかと。常に鯉口を切っている手の形だったのだと、私は勝手に思っています。

 

 

 

眠たいので今日はこのくらいで勘弁しておきますが、今回の京都旅行で一番記憶に残ったのは「龍安寺の石庭」でした。

 

 

 

どこまで計算しているのか知りませんが、作った人は相当変わり者ですね。何を言いたいのかよく分からない配置ですが、それなのにすごいパワーを感じました。感じ過ぎて写真撮るの忘れてました(笑)

 

 

 

で、今回の研修旅行で二番目に記憶に残ったのがこちら

 

 

 

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貧すと言えども浮雲の富を求るなかれ

窮すと言えども丈夫の志を屈するなかれ

矯々龍の如く沈々虎の如く身を潜め名を隠し

当に一陽来復の時を待つべし

 

 

 

深い。幼い頃は勉強が出来ず、人に馬鹿にされた人の書く文章とは思えません。そして、この人だって、常に華やかな場にばかりいたわけではありません。挫折あり、失敗あり、後悔あり。

 

 

 

確か自分の会社(亀山社中)がヤバイ状態になった時の文章のはずです。

 

 

 

「自分の得になるんなら何でもあり」という、某市議会議員とは大違いの、本当に清々しく、それでいて自律のある文章です。

 

 

 

いやホント、幕末の頃の人達の教養とか覚悟って、物凄いものですよ。徳川慶喜の11歳の頃の書もありましたが、圧倒されます。撮影禁止だったので、撮ってませんが。

 

 

 

しかしまあ、そのような大人物と自分を比べても鬱になるだけですので、私は相変わらず、「自分に出来る事」を精一杯やっていきます。

 

 

 

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「志」というものについて、不動産業界の先輩とアツく語っている背中。(という事にしておいてください)

 

 

 

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最後に龍馬さんと「ダブルドラゴン」結成の図です。(龍馬と竜成)

 

 

 

平成で言えばなんでしょう?タッキー&翼みたいなモンですかね!?よく分かりませんが、龍馬さんの盟友、武市半平太の漢詩をご紹介して終わりにします。

 

 

 

有名なヤツです。いわゆる「龍馬を評する詩」です。

 

 

 

肝胆もとより雄大

奇機おのずから湧出し

飛潜だれか識るあらん

ひとえに龍名に恥じず

 

 

 

私も、竜の名に恥じない仕事をしたいものです。さて、寝ます。