2021/03/09
幸せは「気付かないからこそ」。知られざる富山県の魅力。そして高岡の地政学的可能性。
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不動産の探し方

有限会社ランド・プラン

背伸びしてエライ難しそうなタイトルにしてしまいましたが、中身は大した事ありません。

先日、富山新聞で「わが列車 我が鉄路」というシリーズが掲載されてましたが、大変面白い記事でした。連載冒頭に

「富山県は新幹線駅から県内15市町村の中心駅まで、公共交通による所要時間が平均19.5分」

という記載があり、加えて「この便利さは恐らく日本一」というのがありました。私自身それを知って

「富山県てそんなに公共交通機関が発達しとんがや!」と驚いた次第です。確かこの時は「東京二十三区」と比較していましたが、かなり説得力のあるお話でした(詳細忘れましたが)。

この前の日曜日には「イラストで」将来の鉄道網(妄想版)が描かれてました。

氷見を出発した電車が高岡駅・新高岡駅を経由し、戸出駅を経て井波(だったかな)まで「乗り換えなしで」繋がるという路線が紹介されており、私も「これいいやん!」と思いました。海と山を繋ぐ路線。非常に良いです。

重要なのは「氷見⇔井波を繋ぐ縦のライン」と「金沢⇔富山を繋ぐ横のライン(「北陸本線」および「あいの風」)」の交差地点が「高岡駅と新高岡駅」という事実です。高岡市を中心として氷見方面・城端方面・金沢方面・富山方面と有機的に連携できるわけですな。

もう一つ大事な事をお伝えしておくと氷見・城端線直通と言うのは「決して妄想ではない」十分な現実性をもったプランという事です。

もしこれが実現すれば氷見線・城端線の各駅も更に「利用度と魅力」が増すわけですな。そしてそうなると

「駅まで徒歩圏内」という物件は益々魅力が増すわけです。

折角公共交通機関を使うのに「駅までクルマ」というのでは面白くないででしょう?駅までもサクッと歩いて行きたい所です。

そして徒歩なら「歩いて10分」と言う所を目指したい所ですね。

駅から徒歩10分圏内の不動産、弊社でもいくつか扱っています。将来を見据え、是非ご検討を!

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(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

PROFILE
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STATUS

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館の警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後某住宅メーカーに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職。

「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者をやらされる。

2年目から延滞管理と共に営業もやらされ、3年目で不動産担保融資社内実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う。

内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大揺れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年8月退職。

以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、同年11月の試験に合格、即行政書士事務所開業。

行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「お客様のニーズ」を度外視した経営を行ってしまい、収入も仕事も無い日々が続く。

2007年11月、ついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む。

入社後すぐ「自分に不動産業は合わない!」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける。

2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく不動産業と真摯に向き合い、2015年3月代表取締役就任。過去のグダグダした半生を反省し、精一杯生きてます。