2020/07/11
運が良かったんでしょうね。私が「2008年」に不動産業界から去らなかった理由。
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代表者の愉快な日常

有限会社ランド・プラン

最近、立て続けに「同級生」絡みの仕事が連続しております。

高校の時の同級生、中学の時の同級生、

中には

保育園の時の同級生絡みもあり(何十年前やねん!という話)。

色々ありますが、最近になってやっぱり

「この仕事やってて良かったな」と、つくづく思います。

しかし、そんな私も。

不動産業に携わってしばらくして

「不動産業なんか大嫌いだ!」とイジケタ時代がありました。

2007年12月からランド・プランで働き始めて、もうホント、最初の頃はイヤな事ばかりでしたが、

「イヤイヤ期」

第一のピークが2008年7月でした。

この頃はもう、完全に「転職」を考えてました。もーやっとられんと。なので実際、他の仕事に応募しました。

アッサリ「第一選考」で落ちましたが(なんと素晴らしい人物鑑定眼)。

それから何とか頑張って仕事してましたが「イヤイヤ期」第二のピークが2008年12月。

(結構第一ピークからすぐという。。。)

この時はもう「次の仕事なんか決まってないけど、とりあえず辞めよう!」と決めてました。つまり

限界。

だって合わんもん。

不動産業って、ワシに合わんもん!

と、一日24時間、ずーーーーーーーっと考えてました。

極限ですね。もうムリ!と。

でもその時。

ホントたまたま。

仕事中の(サボり)ネットサーフィンの時に、この曲が流れてきたんですねえ。

人生、不思議なモンですね。たまたまこの曲(歌詞)を聴いて

「もう一か月だけ、頑張ってみるか・・・」と思ってしまったんですよねえ。

そして翌月。

「まあ、一か月間なんとか頑張れたし、もう一か月だけ頑張ってみるか・・・」

とか言ってたら。

いつのまにやら12年経っていたという(そう考えると、グダグダと海底で遊んでいた浦島太郎もこんな感じだったのかも知れませんね)。

でも今は「不動産業、辞めずに、続けていて良かったな・・・」と、つくづく思ってます。

何故なら

「あの時辞めていたら」今、仕事で出会う色んな人とは、多分会えなかったから。

・・・

人生の分かれ目なんて所詮「運」なのかも知れませんねえ・・・

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(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

しょーもない半生 / 評判

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後タカノ一条ホームに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職。 「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意を固め、2002年1月に外資系サラ金会社に入社。1年目から延滞管理を任され、2年目から延滞管理と共に貸付業務も担当。周囲の人達に鍛えられて(支えられて)3年目で不動産担保融資実績富山県第1位。翌年金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う。
内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大荒れ。会社側から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年9月退職。 以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、60日間の猛烈勉強で行政書士試験に合格、即・独立開業。
行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「採算」を全く無視した経営を行ってしまい、圧倒的に収入が無い日々を経験(この頃が人生で一番痩せていた時期です)。2007年11月に至ってついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む。
入社後すぐに「自分に不動産業は合わない」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける(結構長くイジケてます)
2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく真摯に不動産業と向き合い、2015年3月代表取締役就任。以降は過去のグダグダした人生を反省し、真剣に生きてます。

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