2019/12/01
あんまり大きい声では言えませんが。高岡市はもう、〇〇を中心に考えざるを得ないんじゃないでしょうか。
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代表者の憂鬱な日常

有限会社ランド・プラン

富山県高岡市という地域は、私にとって「故郷」であり「生活の基盤」であり、特別な地域ではあります。あ・り・ま・す・が!

 

「身近過ぎて」よく分かってない事もあります。そして一番分かってないのが

 

「高岡市の魅力」

 

誰しもそうでしょうが、自分の事・自分の身内の事はそうそう自慢出来るものではありません。特に、我が富山県人は謙虚な人が多いので、自分の住んでいる所を指して

 

「こんな、なーーんにもない所」という風に言います。半分冗談でもあり、謙遜の気持ちでもあるんですけどね。しかし

 

「実際に、地元の良さが良く分かっていない」という部分も本当に強くて。

 

ちなみに私の場合は「富山県外」の方にもいくつも物件を購入して貰ってますので、そこで「言われて初めて」気付く事が多いです。

 

富山県について良く言われるのは

 

「安全な地域ですよね~」という事。(災害が少ない。今後の発生可能性も「他の地域に比べれば」極めて低いと評価されている)

「不動産の値段安いですよね~」も良く言われます。(近い所では金〇市と比較されている!?)

「大きい家が多いですよね!」も良く言われます。(これは単純に)

 

確かに。都会の方から見ると

 

災害の心配が少なく

 

不動産価格が安く

 

広い敷地・住宅面積が取れる

 

それが「富山県」なのかも知れません。では「高岡市に限って言うと?」

 

高岡市の方は「ものづくりのまち」とか「歴史のまち」等、色々PRしたいようで、それも「一部の詳しい方には」大変ご好評をいただいている事も確かなんでしょうが、私の耳には

 

イオンがある

 

富山にも金沢にも行きやすい(新幹線があるので)

 

やっぱり安全(特に震災の経験者から良く言われます)

 

と言う声が多いです。プラスの声としては。(当然マイナスな声もある)

 

マイナス面としては・・・

 

この話、続きます。

 

ちなみに今回の写真は、昨日の「龍の絵」と同時に貰った「雨晴の絵」です。

これも明るい、暖かみのある懐かしい感じの絵で、私は大変気に入っております。

 

雨晴も「高岡」ですからね。高岡市の大きな魅力の一つである事は、間違いありません。

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(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

職歴
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良く言われる事

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後某住宅メーカーに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職/「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者をやらされる。2年目から延滞管理と共に営業もやらされ、3年目で不動産担保融資社内実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う/内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大揺れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年8月退職。以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、同年11月の行政書士試験に合格、即事務所開業/行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「お客様のニーズ」を度外視した経営を行ってしまい、収入も仕事も無い日々が続き、2007年11月ついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む/入社後すぐ「自分に不動産業は合わない!」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける/2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく不動産業と真摯に向き合い、2015年3月代表取締役就任/過去のグダグダした半生を反省し、精一杯生きてます。