2019/05/15
どうせ死ぬのに、何故頑張って家を持たないといけないのでしょうね?という話。
|
代表者の憂鬱な日常

有限会社ランド・プラン

小学校五年生の、ある秋の晩。

親に(強制的に)通わされていたソロバン教室からの帰り道。

真っ暗の寂しい夜道。

といいつつ、19時30分過ぎなので、今から思うと別にどうという事も無いフツーの夜です。

でも何故か、その日は月が

凄惨な程明るくて。

子供心に何とも本当に恐ろしい夜でした。自転車を漕いでも漕いでも月が追いかけて来るんです。

日中は太陽があって明るいのに、夜は暗い。

当たり前の事なんですが、当時10歳の私はそこに

「生き死に」

という事を、何故かガツーンと感じてしまったのです。何でか知りませんが、その時の月を見て

「人はいつか、必ず死ぬんだなあ」

と思った事を、43歳の今でも、本当に鮮明に覚えています。そして、当時の私は少々アホだったので、こうも思ったものです。

「人間、どうせ死ぬ。」とすれば

勉強しても意味なくね?よっしゃ!ファミコンしよ!!

と・・・

今から思うとアホの極みなんですが、当時は本当にそう思ってたのでしゃーないです。

最近、いや、ここ30年近く。不況・不景気・右肩下がり

というワードばかりです。お客様と話していても

「将来が不安」

という言葉が多いです。確かに不安でしょう。私だって不安です。

でもねえ・・・

不安だからといって、余りに消極的・慎重・石橋叩きすぎになるのはどーかと思いますよ。だって、どんなに慎重になっても

どーせいつか死ぬんですよ?(笑)

家・住宅も永遠なものではありませんし、土地も地震や噴火、色んな災害で消えて無くなる可能性はゼロではありません。

何が正解なんて分かりませんが、私は結局「時間」だけが最後に残るのでは無いかと思っています。

「記憶」

と言ってもいいかも知れません。私は未だに、10歳の時に見た「凄惨な程の月の美しさ」とその時に感じた

「生と死」という記憶を鮮明に心に残してますし、多分死ぬまで忘れないでしょう。

何が正解か分かりませんし、確かに老後の事も勿論大事なんですが、私は

「今」

が一番大事だと思ってます。損得ではなく、

「今」を充実していきたいなあと、思った今日でした。

・・・。よく分かりましたね?ちょっと(かなり)呑みすぎました(笑)

※追記

その後気付きましたが、自転車を漕いでも漕いでも月が追いかけてくるというのは、私にとって「いつもすぐ背後にある”死”の象徴」だったのだと気付きました。

死は、いつでも我々の「すぐ後ろ」にあります。誰にでも死は必ず・平等に訪れます。でも、それまでの「生」を、なんとか有意義に、出来れば

メチャクチャ幸せに生きたいものですよね。

だからこそ我々は日々一所懸命頑張って、小さいながらも

「自分の家」を持つのではないでしょうか。

カテゴリー |
代表者の憂鬱な日常
タグ |
最近の記事
2021/04/10
忖度とガチンコ勝負。空き家相談と酒と高岡市長選。今回は高岡の正念場だ!
2021/04/08
高岡市神田新町プレミアム中古住宅、本日お引渡し無事完了致しました。メール相談VS面談
2021/04/07
高岡市伏木某所で程度の良い平屋中古住宅を仕入れます。プレミアムなリフォーム済み住宅にしますよ~!
2021/04/05
高岡市駅南エリア。瑞龍寺近くの高岡市新寺町中古住宅。ご成約ありがとうございました!
2021/04/04
マンションも、見たら見たで良いモノですね~。射水市中新湊の3LDK中古分譲マンション。
2021/04/03
富山県の宿泊施設を応援する為に。不動産屋が行く男二人旅。
2021/03/29
どうなる高岡市長選。不肖・私も意見を述べさせていただきました。今回は結構「高岡の正念場」かも。
2021/03/26
交渉と言うのは「強く言えば通る」と言うモノでは無いし「ガマンすれば良い」というモノでも無い。結構繊細なバランス感が必要。という話。
2021/03/25
買った家が自分には合わなかった。どうやって住み替えすれば良いのか・・・
2021/03/24
落ち込んだりもしたけれど、私は元気です(中古だろうと新築だろうと、住宅ってホント色々あります。という話)。
  • ブログをメールで購読

    メールアドレスを登録いただければ更新のお知らせが送られてきます。いちいち更新を確認する必要がなく便利です。解除もすぐ出来ます。

私がサポート致します!

(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

職歴
/
良く言われる事

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後某住宅メーカーに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職/「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者をやらされる。2年目から延滞管理と共に営業もやらされ、3年目で不動産担保融資社内実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う/内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大揺れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年8月退職。以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、同年11月の行政書士試験に合格、即事務所開業/行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「お客様のニーズ」を度外視した経営を行ってしまい、収入も仕事も無い日々が続き、2007年11月ついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む/入社後すぐ「自分に不動産業は合わない!」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける/2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく不動産業と真摯に向き合い、2015年3月代表取締役就任/過去のグダグダした半生を反省し、精一杯生きてます。