2019/03/31
不動産にパワースポットは付きもの。良い場所から良い運気を貰いましょう。という話
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代表者の憂鬱な日常

有限会社ランド・プラン

去る3月29日は不肖・私の誕生日でした。

あ、そんな!そんなにも多数の「おめでとう!」をいただけるとは!わたくし感激です!!

という、一人芝居はその辺にしておきまして。

誕生日を気に、超久しぶりの家族旅行に行っておりました。

不動産業なんていう仕事、土曜も日曜も祝日もありません。なので、誕生日くらいは家族サービスしないとなという事で、ちょろっと名古屋方面に行っていたのですが・・・

まず良かった所から。

岐阜城・旧稲葉山城

始めて岐阜城見たんですが、やはりスゴイですね。何がスゴイと言って、

「良くあんな所に城を建てようと考えて、実際に建てたな!」

という事です。普通反対されるでしょうし、反対される事も分かるから、空気読んで作らんでしょ。

その辺はさすが織田信長です。

実際には、最初にこの地にお城(稲葉山城)を建造したのは斎藤道三だったはずですが、その時はこんな天守閣は無かったのです。天守閣を作ったのは、やはり織田信長。

そしてやっぱり岐阜城は

山の頂上に天守閣があってナンボ

です。当時、この城を見上げる庶民は本当に神々しく感じていたのではないでしょうか。

岐阜城天守閣付近を徘徊する代表者(の後ろ姿)とそのネネ(長男)

天守閣自身はそんなに大きくないですし、後から復元したものですが、とにかく「山城」なんですよ。

織田信長の視点を再現する代表者とそのネネ

織田信長はここで国盗りの戦略を考えていたのだろうな、と、容易に想像出来る風景です。本当に周辺の状況が一望できます。天下国家を考える時、こういった

俯瞰して物事を見ることが出来る立ち位置

というのは本当に大事なのだと思いました。全体的に考えられますからね。

最後に

とはいえ、あんまり調子に乗っていると・・・

思わぬ攻撃を受けてしまうので、足元も、しっかり固めておかないといけません。

調子に乗りすぎると・・・

四方八方から、攻められっぞ!!

絶体絶命の図

という事で、岐阜城からはかなりのパワーを貰いました。

最後の最後に。岐阜城は「金華山」という名称の山に建っているのですが、金華山の標高ってご存知ですか?なんと

329メートル。ん?

何か見覚えのある数字。

全くの偶然ですが、私の誕生日が3月29日。

これは・・・

なんかあるのでは?天下取りの第一歩??

3.29

忘れられない数字になりそうだゼ!!

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(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

職歴
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良く言われる事

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後某住宅メーカーに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職/「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者をやらされる。2年目から延滞管理と共に営業もやらされ、3年目で不動産担保融資社内実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う/内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大揺れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年8月退職。以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、同年11月の行政書士試験に合格、即事務所開業/行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「お客様のニーズ」を度外視した経営を行ってしまい、収入も仕事も無い日々が続き、2007年11月ついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む/入社後すぐ「自分に不動産業は合わない!」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける/2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく不動産業と真摯に向き合い、2015年3月代表取締役就任/過去のグダグダした半生を反省し、精一杯生きてます。