2020/03/17
不動産屋が銀行に同行すると住宅ローンが通りやすくなる!?(その融資、通るか通らないか!?)
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代表者の憂鬱な日常

有限会社ランド・プラン

という話です。以前、あるお客様が「二つの銀行で住宅ローン通らなくて・・・」と落ち込んでおられました。一つはネットで、もう一つは店頭で審査を申し込んだのだそうです。しかし結果は

「二行とも融資不可」。

確かに最近、住宅ローンの審査が厳しめになった事は、私も肌で感じておりました。

結論としてこの場合は、私の方で別の銀行をご紹介&同行させていただきまして、無事承認がおりました。

しかし、この差って何!?と思いません?お教えしましょう。

まず「ネット審査」ですが、これは「融資する側からしても」結構やりにくいモンなんです。

いや、やりにくいと言いますか「画一的な審査」になるのです。年収額がいくら、返済比率がいくら、勤務形態がどう、勤続年数がどう、家族構成がどう、年齢がどう、と言った

「数値」の審査しか出来ないわけです。いわゆる

「ゲタを履かせられない」という事ですね。ゲタを履かす。つまり「加点」です。数字的に

「融資okかな~、いやー難しいな~」という時に「数値では表せない」所で加点があると、審査は通りやすくなります。

ちなみに私は以前「消費者金融」に勤めてましたが、与信審査のポイントは3つと習いました。いわく

R.S.C。

Rは、Real estate(リアルエステイト)の頭文字で、「不動産」を持っているかどうか。

Sは、Statusの頭文字で、「社会的地位や立場(収入も含む)」。

そしてCが

characterの頭文字で、「人間性・性格」です。

この三つで判断しろと言われていました。つまりこれは、逆に言うと

不動産を持ってなくて、ステイタスがちょっと弱くても「人間性」が良ければ加点になるという事です。

あとはやはり「いつもいつも顔出している不動産業者からの紹介」だと、銀行の方も「いつも案件貰ってるし、何とか通してあげたいなあ」と思うものですし、実際「安心」でもあります。

やはり

一見(いちげん)さん」にお金を融資するのと、「(一応)信頼している業者から紹介された人」にお金を融資するのでは、どちらが「より不安が薄い」かというと、答えは決まってますよね。

そういうわけで、たとえ一つの銀行で融資が不可でも、他に手はあるのです。あきらめずに「今出来る事を」しっかりとやっていきましょう!

ちなみに最後に書いておきますが、裏技的に、無理に通したわけではありません。「通って当然の方」なのに、審査の都合で通らなかっただけなんですよ。私がやったのは「銀行の不安を和らげた事」に過ぎません。

そもそも私が何をどう計算しても、本来なら

通って当然の方

だったんですから。

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(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

PROFILE
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STATUS

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館の警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後某住宅メーカーに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職。

「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者をやらされる。

2年目から延滞管理と共に営業もやらされ、3年目で不動産担保融資社内実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う。

内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大揺れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年8月退職。

以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、同年11月の試験に合格、即行政書士事務所開業。

行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「お客様のニーズ」を度外視した経営を行ってしまい、収入も仕事も無い日々が続く。

2007年11月、ついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む。

入社後すぐ「自分に不動産業は合わない!」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける。

2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく不動産業と真摯に向き合い、2015年3月代表取締役就任。過去のグダグダした半生を反省し、精一杯生きてます。