2019/06/05
富山県高岡市で一番最悪な不動産屋。か?
|
代表者の憂鬱な日常

有限会社ランド・プラン

先日、自宅に高岡ケーブルテレビの方が来てました。

私も良く知りませんが、光回線になるとかするとかで、一時間程の工事がありました。15時頃からの工事でしたので、途中、長男(小六)が学校から帰ってたのですが・・・

最近、ウチの長男は「ユーチューブ」を見るのを日課にしているのですが、この日はネット工事がありましたのでユーチューブが見られません。

ネットが使えない。それを知った長男がこう言い放ちました。

「あー!最悪や!!」

それを聴いた私は瞬時に発声しました。

「ちょっと待てーーーーーーーい!!!!」

昔ありましたね。

「ボクと付き合って下さちょっと待ったーーーーー!!!」というヤツです。

多分私、史上最高レベルの「食い気味」で「ちょっと待ったコール」を突きつけたと思います。その時のやりとりがこちら

「おいオマエ、今なんて言った?」

「え、最悪。」

「最悪って言葉の意味知ってる?」

「え、最も悪い。」

「そう。最も悪い。それが最悪。キミにとって、たった30分程の間、ネットが使えない事が最悪なんだね?色んなイヤな事、苦しい事もある人生で、キミにとっての最も悪い瞬間が”今”なんだね?ということは、キミはこの最悪の気分を味わった以上、もうこれからの人生でツラいとか苦しいと思う事は無いだろう。おめでとう!!」

だってそうじゃないです?だって「最悪」なんですから。それ以下は無いという事です。

もうね、ちょっとした事で「サイアク」とか「サイテー」って言うのやめましょうよ。そして

「今の30分の工事が」

今後のネット生活を担保してくれるんだぜ?今の30分をガマンする事で、今後の快適なネットライフが手に入るんだぜ?別にいいよ、今工事やめて貰って、すぐネットに繋げて貰っても。でも今後、突然ネットが切れても俺は知らないよ。

という事です。当たり前の事じゃないですか?

言っておきますがこれは

言葉による児童虐待ではありません。

ただ少しだけ理屈っぽい不動産屋の、

最悪な説教

です。

あと、作業の人に、感謝せんかい!!!

カテゴリー |
代表者の憂鬱な日常
タグ |
子育て
最近の記事
2021/04/10
忖度とガチンコ勝負。空き家相談と酒と高岡市長選。今回は高岡の正念場だ!
2021/04/08
高岡市神田新町プレミアム中古住宅、本日お引渡し無事完了致しました。メール相談VS面談
2021/04/07
高岡市伏木某所で程度の良い平屋中古住宅を仕入れます。プレミアムなリフォーム済み住宅にしますよ~!
2021/04/05
高岡市駅南エリア。瑞龍寺近くの高岡市新寺町中古住宅。ご成約ありがとうございました!
2021/04/04
マンションも、見たら見たで良いモノですね~。射水市中新湊の3LDK中古分譲マンション。
2021/04/03
富山県の宿泊施設を応援する為に。不動産屋が行く男二人旅。
2021/03/29
どうなる高岡市長選。不肖・私も意見を述べさせていただきました。今回は結構「高岡の正念場」かも。
2021/03/26
交渉と言うのは「強く言えば通る」と言うモノでは無いし「ガマンすれば良い」というモノでも無い。結構繊細なバランス感が必要。という話。
2021/03/25
買った家が自分には合わなかった。どうやって住み替えすれば良いのか・・・
2021/03/24
落ち込んだりもしたけれど、私は元気です(中古だろうと新築だろうと、住宅ってホント色々あります。という話)。
  • ブログをメールで購読

    メールアドレスを登録いただければ更新のお知らせが送られてきます。いちいち更新を確認する必要がなく便利です。解除もすぐ出来ます。

私がサポート致します!

(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

PROFILE
/
STATUS

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館の警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後某住宅メーカーに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職。

「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者をやらされる。

2年目から延滞管理と共に営業もやらされ、3年目で不動産担保融資社内実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う。

内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大揺れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年8月退職。

以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、同年11月の試験に合格、即行政書士事務所開業。

行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「お客様のニーズ」を度外視した経営を行ってしまい、収入も仕事も無い日々が続く。

2007年11月、ついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む。

入社後すぐ「自分に不動産業は合わない!」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける。

2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく不動産業と真摯に向き合い、2015年3月代表取締役就任。過去のグダグダした半生を反省し、精一杯生きてます。 

">