2020/12/08
高岡市長引退。望むコミュニティバス復活。砺波市は住宅取得の助成拡充。高岡市は・・・
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代表者の憂鬱な日常

有限会社ランド・プラン

高岡市長が引退されるという事で。色々言いたい事はありますが、とにかくお疲れ様でした。

さて。

私はサラ金・不動産業界で18年働いているわけですが「時代の変わり目」というのを何度か感じました。

サラ金時代はやはり「グレーゾーン金利問題」が一番大きな変わり目でしたが、実はその前に「富山県内の地価が軒並み下がった」事がありまして。不動産担保融資を行っていた私にとってかなり大きな変化だったのですが、今日はその話をしたいわけじゃないので、またいずれ。

不動産業界での「時代の変わり目」は、まずはリーマンショック、そして消費税増税、で、やっぱり今回のコロナですが、こと「地元高岡」で大きかったと私が思っているのが「コミュニティバス廃止」です。

コミュニティバスを廃止して、高岡市民の「元気」がかなり失われたと、私は感じました。その後の不動産の動きを見てもそう思ってます。高岡の中心市街地を活性化させようとすれば、やっぱりそこに行くまでの「足」は重要です。

クルマに乗ったらイオン行っちゃいますって。

という事で、次の高岡市長には「コミュニティバス復活」を是非推進していただければと思ってます。「採算が合わない」と言われるかも知れませんが、もっと他にありますって。「削らないといけない事」が。市民の生命線を簡単に削ってはいけませんよ。

対して、砺波市は本日の朝刊によると「住宅取得の助成拡充」を推進し、移住受け入れの新制度を創設しようとしているようです。

来年度の話ですが、住宅、マンションの取得、賃貸住宅の家賃助成、三世代同居世帯向けの住宅取得支援策の拡充を図るという事で、まあ、このご時世に当たり前と言えば当たり前の事です。

問題は「金額」とかじゃないんですよ。「是非砺波市に来てね!是非砺波市民のままでいてね!」という前向きなメッセージが重要だと思うんですよ。

そういう意味においてコミュニティバス廃止は「高岡市は市民の足を奪いますよ!高岡市はそれだけ財政が苦しいんですよ!」という後ろ向きなメッセージを伝えてしまったわけです。

ちなみにこれも今朝の朝刊ですが、砺波市が「県外からの移住者向け政策」を検討しているタイミングで、高岡市の方は「高岡市本庁舎移転検討」の記事が。

うーん・・・。

うーん・・・。

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(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

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大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後某住宅メーカーに入社。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職/「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者をやらされる。2年目から延滞管理と共に営業もやらされ、3年目で不動産担保融資社内実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う/内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大揺れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年8月退職。以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、同年11月の行政書士試験に合格、即事務所開業/行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの「お客様のニーズ」を度外視した経営を行ってしまい、収入も仕事も無い日々が続き、2007年11月ついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む/入社後すぐ「自分に不動産業は合わない!」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける/2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってようやく不動産業と真摯に向き合い、2015年3月代表取締役就任/過去のグダグダした半生を反省し、精一杯生きてます。