2018/09/29
高岡市駅南3LDK中古マンション、無事ご決済いただきました。(副題:住居表示の話)
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物件販売状況

有限会社ランド・プラン

先日、高岡市駅南三丁目の「ディーグランセ高岡八丁道」無事ご決済いただきました。誠にありがとうございます。

今回私も初めて入らせて貰ったわけですが、本当に立派なマンションでした。

で、今日は突然ですが「住居表示」の話を致します。そもそもですが、不動産(土地)には「地番」というのが付けられています。

ま、そういうのが無いと「どの土地か」判別出来ませんからね。

で、不動産物件によっては「地番」と「住居表示」が違う事も良くあるのです。が、ここは難しくなるので一旦端折ります。

ここで私の経験談を語りましょう。実は私の家とお隣の家は

「住居表示が同じ」です。

別に二世帯住宅とか同じ敷地に建っているわけではありません。全く関係のない「お隣同士」というだけの関係なんですが、住居表示は同じ。

うーん・・・。不便。

最近もネットで新居用のモノを注文して送って貰っているのですが、運送業者さんも混乱します。「ここで合ってます?」と。だって同じ数字の家が二つあるんですもんね。そりゃ分かりにくいです。

高岡市でも、たまーに「お隣」あるいは「道路を挟んで」同じ住居表示の家があります。先日なんかは

「三軒」同じ住居表示の家が並んでいる案件を扱いました。

で、何故こんな事になるのかというと、住居表示を決めているのは「市」なんですが、市のルールでは「道路との関係」と「敷地の間口」で数字を割り振っているんですよね。

一戸の”家”に番号を割り振っているのではないのです。一定の「敷地(間口)」に番号を振っているので、その間口の中に二つ以上住宅があると

全部同じ住居表示になるのです。そんな・・・。

だからもう、こうなったら「うちはこういう番号ですけど間違いじゃないですよ!」という事をアピールしなければなりません。

めんどくさ・・・

ま、「こういう事もある」というミニ知識として、知っておいて損は無いと思います。それでは!

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(有)ランド・プラン 代表取締役

高野 竜成

PROFILE
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STATUS

大学卒業後、しばらくのプータロー生活を経て高岡市美術館警備員となるも、余りの退屈さに耐え切れず3か月で退職。その後タカノ一条ホームに入社(血縁全く無し)。余りの過酷さに耐え切れず半年で退職。
「次の職場では絶対に自分から辞めると言わない!」と決意し、2002年1月外資系金融会社に入社。1年目から延滞管理者を任され、2年目からは延滞管理と共に貸付業務も担当。周囲の人達に鍛えられて(もとい、支えられて)3年目で不動産担保融資実績富山県第1位。4年目に金沢支店に異動、同実績石川県第2位。「来年から高岡支店長に」との内示を貰う。
内示があった矢先、消費者金融業界が「グレーゾーン金利問題」で大荒れ。会社の方から早期希望退職の募集があったので「辞めるなら今しかない(自分からじゃないもーん)」と決断、2006年9月退職。
以前から興味があった行政書士の試験勉強に集中し、60日間の猛烈勉強で行政書士試験に一発合格、即・独立開業。行政書士として相続・離婚・借金問題等を少なからず解決に導いたものの採算を全く無視した経営を行ってしまい、圧倒的に収入が無い日々を経験(この頃が人生で一番痩せていた時期です)
2007年11月に至ってついに自己資金ゼロ。かつ、そのタイミングで長男が誕生。妻子を養う為、失意の中でランド・プランに転がり込む。入社後すぐに「自分に不動産業は合わない」と確信。言われた事だけをこなし、暇さえあればネットで転職先を探し続ける日々を約4年間続ける(結構長くイジケてます)
2011年3月12日「今ある環境に感謝して最善を尽くす」と誓ってからようやく真摯に不動産業と向き合い、2015年3月代表取締役就任。以降は過去のグダグダした人生を反省し、精一杯真剣に生きてます。