高岡市瑞穂町の住宅用土地、本日ご決済いただきました。誠にありがとうございます。
長かった・・・。仕入れから販売まで6年ですよ。でもまあ、そういう事もあります。
ここで話は変わりまして。
6年というのも中々長いですが、30年から比べると一瞬の事です。本日は阪神淡路大震災から30年の節目の日ですね。
私はこの『阪神淡路大震災』の話を毎年してしまっているのですが、それだけ当時18歳だった私にとって『人生を変えた出来事だった』とご理解いただければありがたいです。
地震発生時、私自身は富山県で寝てましたので現地における実際の大きな揺れは体験していないのですが、それでも震度3位の揺れがあって、本棚の上に飾っておいた硬式の野球ボールが落ちてきたのを覚えています。
その後テレビを付けたら少しずつ震災の様子が分かってきたわけですが、とにかく現実感の無い光景が広がってました。
その後しばらくして、あるきっかけがあって神戸にボランティアとして入ったのですが、その間に思ったのは『住まいって本当に人の生活にとって大事なものなんだな』という事と『プロ集団って本当に凄いな』という事でした。
多感な頃ですから当然他にも色んな事を思いましたが、極端に纏めれば上記二つだけです。結局、この二つが私の『それからの30年』を決めてしまいました。
とにかく私としては。
震災後の現地の様子を見て『ちゃんとした住まいで暮らせるというのは当たり前の事では無いんだな』という事を痛感しました。恙なく暮らせる家があるというのは実はどんなに有難いことか。
そして
人間一人一人は本当に無力という事も分かりました。が、しかし。
『色んな人が寄り集る事で』助け合いながら逞しく生きているのが『人間の物凄く素晴らしい所』という事も良く分かりました。
結局私は。
『救助隊』とか『自衛隊』とか『警察・医療関係者』、あるいは『建設業者』といった、18歳当時の神戸で『これこそがプロだ!』と感じた職業に就く事は出来ませんでしたが、一応曲がりなりにも『住まいに関するプロ』にはなりました。
それぞれの役割がありますからね。自分に当てられた配役で精一杯生き切るしかありません。
あれから30年。
恙なく生きさせて頂いている事に改めて感謝し、あの地震でお亡くなりになられた方々のご冥福を、改めてお祈り申し上げます。
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