今日9月13日は、前田利長公が高岡城に入城した日です。
慶長14年、1609年のことですから、今から417年前の事ですね。
高岡という町に住み、仕事をしていながら、今朝まですっかり忘れていました。
昨日、たまたま前田利長公のことをブログに書いたばかりだったので、何とも良いタイミングです。
さて、高岡という町を一言で表すとしたら、私は「地味」だと思います。
え?そんなはずないって?
では、言い換えます。
「超・地味」です。
もちろん、かつては賑やかな時代もありました。
しかし今の高岡は、とにかく地味です。
金沢のような華やかさがあるわけでもない。
富山のように、スマートに成長を続けているようにも見えない。
正直、パッとしません。不器用なまちだなあと思う事もしばしば。
そしてとにかく、見せ方(魅せ方)が下手です。
でも私は最近、
「だからいいのではないか」
と思うようになりました。
高岡は、派手ではありません。
ただ、しぶとい。
何度も時代が変わり、町の勢いが弱くなったと言われながら、それでも何だかんだと残っている。
現在でも人口は約16万人。
地味な割には、意外と多い。
「強か」とも言えますが、それよりやっぱり「しぶとい」の方がしっくりくる。
そんな町です。
そして、それは高岡をつくった前田利長公にも、どこか通じるような気がします。
利長公は、歴史上でめちゃくちゃ地味な人物です。
父・利家ほど有名ではない。
金ぴかの甲冑を着ているわけでもない。せいぜい銀のナマズ。
弟・利常ほど印象的な逸話があるわけでもない。
たぶん、鼻毛もちゃんと切っていたのでしょう。
戦国武将らしい大立ち回りも、ない。
利家や利常が「魅せる」武将なら、利長は全く「魅せない」武将です。
しかし利長は、豊臣から徳川へと天下が大きく動く中で、前田家を残した。
加賀・能登・越中の平穏を守った。
そして、高岡という町を残した。
派手な英雄というより、危ないところを避け、必要なところを押さえ、家と領地を次の時代へ渡した人だったのでしょう。
私は、こういう人物が好きです。
そして考えてみれば、不動産の仕事も似ています。
不動産会社や営業マンが主役ではありません。
主役は、家を売る人であり、買う人です。
私たちは、脇役に過ぎません。
だから、目立つ必要もないのです。
難しい問題を鮮やかに解決するより、水面下で解決する。
問題が起きる前に手を打ち、そもそも問題を起こさない。
大立ち回りを演じるより、何事もなく契約を終え、何事もなく家を引き渡す。
そして、お客様が平穏に、新しい暮らしを始める。
それでいいのだと思います。
高岡も同じです。
目立つ必要はない。
華やかである必要もない。
でも、しぶとく残っていく。
高岡城入城から417年。
利長公が今の高岡を見たら、
「相変わらず地味やの~」
と言うかもしれません。
でも、そのあと少し笑って、
「だが、それでいい」
と言ってくれるような気もしています。
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