本日は「君子豹変」の意味について考えてみます。
最初に申し上げておきますが、私は君子でも大人(たいじん)でもありません。
君子とは、もっと静かで、もっと重厚な存在でしょうからね。こんなふうにブログでどーのこーの書くはずがありません。
さて、「君子豹変」。
この言葉を「急に態度を変える軽い人」という意味で受け取っている方も多いように思います。
「態度が豹変した」という日常的な使い方の影響かもしれません。
しかし、本来の意味は違います。
「君子豹変」は『易経』の革卦にある言葉です。易経、読んだ事ありますよね?
孔子の愛読書ですよ。
意味は・・・
”君子は、時に応じて自らの誤りをはっきりと改める。
それは豹の毛皮が秋に一変するようなものだ”
といった趣旨です。
つまり――
君子豹変の意味とは、
過ちに気づいたら、ためらわず方向を正すこと。
なんです。
軽さではなく、むしろ潔さ。
私はそう解釈しています。
では、あわせて語られる「大人虎変(たいじんこへん)」とは何でしょうか。
これも同じく『易経』の言葉です。易経、読んだ事ありますよね?
孔子の愛読書ですよ(二回目)。
意味は・・・
”立派な人物は自らを変革し、その変化が自然と周囲にも及ぶ”
といった趣旨で、虎の毛並みが秋に美しく変わる様子になぞらえています。
いわば、
君子豹変が「自らを改める段階」だとすれば、
大人虎変は「その変化が外にも現れる段階」。
そんな違いです。
もっとも、根っこは同じですよ?
変わること。
そもそも易経は「変化の書」と言われています。
ただし、他人を変えることではありません。
自分自身を変えるんです。
その結果、周囲が変わることもあれば、何も変わらないかも知れない。
そこは自然に任せるしかありません。
もう一度言いますが、私は君子でも大人でもありません。
だって、こんなにも大量の酒を呑み続ける君子っています?
いるわけありませんよ。
断酒も、何回もやっています(つまり、成功してない)。
それでも、「やっぱりやめた方がよさそうだ」と思ったときには素直に、そして即・実行するようにしています。
その変化が正しいのかどうか?
成功するのか?
失敗するのか?
分かりません。
そんなものは結果論に過ぎないんです。
本当に大事なのは実際に「行動に移す」こと。
生きるとは、変わること。
生きるとは、その積み重ね。
すべては、移ろいます。
それこそが、自然の姿です。
最後に。
正直に言えば私、『易経』を通して読んだことなんか一度もありません。
気になるところを拾い読みした程度です。
無理です。
あの難解な文章を愛読できるのは、マジで孔子くらいの天才しかいないはず。
さすがは孔子先生ですよ。どう考えても只者ではありません。
と、いうことで。
「ザ・只者」
たる私からのメッセージでした。
変化が成功すれば、進化に繋がります。
変化が失敗しても、深化には繋がります。
共に変わり続け、
共に生きていきましょう。
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