先日、両親をクルマに乗せて「新潟・米沢・会津若松 湯けむり二泊三日ツアー」に行ってきました。
クマの出現におびえながら。
幸い一度も遭遇せずに帰還できましたが、この時期の旅はなかなかスリリングです。――が、それはさておき。
今回の旅は「湯けむりツアー」という名目ながら、私にとっては完全に“仕事”でした。
なぜなら、私の職業は「不動産屋」ですが、本当の仕事とは「時を繋ぎ、未来を紡ぐ」ことだからです。
時とは――歴史。
未来とは――私たちの暮らし、そして我々の子供たちの暮らし。
それをしっかり循環させていくことこそ、私の使命です。
■上杉の地で思ったこと
新潟・米沢・会津若松では、上杉家ゆかりの地を巡りました。

上杉神社(旧米沢城)の上杉謙信公像。

同じく上杉景勝公・直江兼続像。

そして堂森善光寺にある、前田慶次郎利益の墓前。
謙信公は49歳でこの世を去りました。今の私と同じ年です。
志半ばで倒れたものの、その理念は景勝公・直江兼続、そして前田慶次や「江戸時代屈指の名君」と名高い上杉鷹山公へと繋がり、上杉家は明治維新まで存続しました。
今もなお、その系譜は繋がっています。
上杉家の理念とは、「義」。上杉景勝の言葉でこういうのがあります。「義を通した事で失ってしまったものは多い。しかし、義を失って得られるものなど何一つない」。
この「理念の継承」。いま私自身が痛感している「事業承継」とまったく同じテーマです。
時代は変わり続ける。だから、人も会社も変わり続ける必要がある。しかしそこには「理念」が無ければならない。
■前田慶次と富山からの道
特に今回、前田慶次のお墓に手を合わせられたのは感慨深いものでした。
彼は加賀前田家の出であり、やがて上杉家に仕えた武将です。途中、越中阿尾城(現 富山県氷見市)の城主となりながら。
そして、新たに使えた上杉家が越後から会津、そして米沢へと転封されていく中、武士としての矜持を失わずに生き抜いた。
今回の旅は、図らずも結果的に「富山→新潟→会津若松→米沢」と、前田慶次の生涯をなぞるような道程になりました。
■歴史は他人事ではない
「だから何?」――そう思う方もいるかもしれません。
しかし、私は思うのです。
こうして歴史に思いを馳せることこそが、
「時を繋ぎ、未来を紡ぐ」第一歩なのだと。
私たちはつい「今は今」「歴史は歴史」と分けて考えがちです。しかし、実は私たち自身も歴史の登場人物の一人です。
今をどう生きるか。
未来をどう築くか。
そのためには、まず過去を知らねばならない。――それが私の結論です。
だから私は旅に出るのです。
目的は温泉でもなく、美食でもなく、地酒でもないんです。というか、そんなものには一ミリの興味もないんです!
ただ私は“その地に宿る理念”を感じ取りに行くのです。
と、いうことで。
最後は非常に無理のある結論に聞こえたかもしれませんが、私はこれからも時を繋ぎ、未来を紡ぎ続けます。
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