自民党が大敗しましたね。
ある程度予想できていた事とはいえ、実際に保守王国・富山で自民党が議席を守れなかったという事実は衝撃的です。
そして私は、選挙前にこんなブログを書いてました。
↓
2025年参議院選。富山・石川で再び倶利伽羅峠の戦い勃発。か?
この中では「平家」を自民党になぞらえ、「巴御前」を庭田氏になぞらえていたんですが、その通りの結果となってしまいました。
私、堂故氏には驕りなど感じませんでしたが、自民党の驕りというのは色んな所で感じる部分はありました。特に『米は買った事が無い』とか『運のいいことに能登で地震があった』という発言は本当に大きかったですよね。
今回、そういった「国民の怒り」が、倶利伽羅峠の戦いにおける「火牛」のような勢いをもって自民党本陣に襲い掛かった。私にはそんな風に見えました。
さて。ここで私が注目しているのは「総大将」である石破首相の動向です。
ちなみに。
倶利伽羅峠の戦いで大敗を喫した時、平家軍の総大将は平維盛だったんですが、この人が戦後にとった「けじめ」は以下の通りです。
1183年(25歳)
→ 倶利伽羅峠の戦いで木曽義仲に大敗。
→ 京から平家一門が追われ、「都落ち」へと繋がる。
→ 維盛は敗戦の責任を問われ、以後しばらく“表舞台”から姿を消す。
1184年(26歳)
→ 実戦の場から遠ざけられ、出家。
→ 名を「浄蓮(じょうれん)」と改める。
→ そして、熊野詣の名を借りて、那智の浜辺へ――
ここで衣冠束帯のまま、静かに入水(じゅすい)。
熊野那智の海辺にて、誰にも看取られず、ただ一人でこの世を去ったとされています。
入水のくだりは諸説あるようですが、維盛なりのけじめを付けたというのは間違いないでしょう。
・・・
なんとも物悲しい話です。が、潔いとも言えます。
当然、石破首相にこんな事をして欲しいわけじゃありませんが、敗戦の結果は真摯に受け止め、なにがしかの「けじめ」をつけた方が良いのではないか?
と、思ってしまうのは私だけではないでしょう。
繰り返しますが、維盛みたいな事をした方が良いと言ってるんじゃありません。当たり前ですが命は大事です。
その命を、どう使うか。これがすなわち「使命」です。当然、私にも使命があります。
石破首相には「国民の生活を守る」という大使命があるはず。是非その為に「今現在、自身が出来る事は何か?」真剣に考えていただければと思っております。
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