本日は、ちょっと面白い出来事がありました。
(あくまでも個人的に)。
先日ブログで徳川家康の「神君遺訓」の話を書いたのですが、
「神君遺訓、ウチにありますよ。大事にしてます」
というメッセージをいただいたのです。
その写真がこちら。

もちろん本物ではありませんよ?
もし本物ならさっさと「なんでも鑑定団」に出すべきでしょう。
とはいえ、書かれている内容自体は本物です(たぶん)。
東照公御遺訓(とうしょうこうごいくん)
人の一生は重荷を負いて遠き道をゆくが如し いそぐべからず
不自由を常と思えば不足なし
こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし
堪忍は無事長久の基 いかりは敵と思え
勝つことばかり知りて負くることを知らざれば害その身に至る
おのれを責めて人を責むるな
及ばざるは過ぎたるよりまされり
その方は、20代の頃にこれを手に入れて自宅に飾り、
日々この言葉を胸に人生を歩んできたそうです。
つらい時には本当に心の支えになったとのこと。
これは素晴らしいことだと思います。
翻って。
私自身にこのような「座右の銘」があるかと考えると――
特に無いんですよね。我ながらだらーっと生きています。
別に成功したいとも思いませんし、
勝負事も負けてばかりです。
己を責めてばかりで、
人を責めることはありません。
……そう考えると。
私はすでに徳川家康なのでは?
と思ってしまうのは私だけでしょうか。
私だけでしょう。
もちろん、天下は取っていませんし、
結構違いはあります。
でも、それでいいんです。
ちなみに家康は1616年に亡くなっています。
そして私は――
そのちょうど360年後の1976年生まれ。
……だから何だ、という話ですね。
でも、それでいいんです。
人生いろいろあります。
急いで結論を出す必要もないでしょう。
ゆっくりと、着実に生きていけばいいんです。
家康も、そう言っていますから。

















