出町新市長の高岡市政が始まりました。就任初日に能登半島地震の被災地(伏木・吉久・横田)を回り、自身の報酬を四割カットすると明言。
さらに、公用車(月々85,800円のリース)も廃止し、徒歩と万葉線電車で通勤するとのこと。そして、出張時もグリーン車は使わないと話されています。
こういう行動に対しては、すぐにこんな声が上がります。
「ポピュリズムや!大衆迎合や!そんな微々たることで市が良くなるか!俺らは騙されん!」
「成果を出す自信がないからやろ。ちゃんと成果を出して、ちゃんとした報酬をもらうべきやろ?」
……でも、私はそうは思いません。
自ら身を切って、市民のために頑張ろうとする人がいるなら、素直に応援した方がいい。
私はそう思っています。
そこで思い出したのが――本多正信と正純の親子です。
正信は家康の実質的な「唯一人の軍師」でしたが、その石高は実績と比べてあまりに少ないものでした(最大5万石)。
参考:徳川四天王と比較してみると…
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井伊直政:約18万石(近江彦根藩)
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酒井忠次:約10万石(若狭小浜藩)
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榊原康政:約10万石(上野館林藩)
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本多忠勝:約10万石(伊勢桑名藩)
こうして見ると、5万石というのは明らかに控えめな待遇だと分かります。
たった一人の軍師で、政略・軍政面での“ナンバー2”だった人ですからね。
それが、軍団長クラスの半分程度しかもらっていなかった。
理由としては、「もともと欲のない人だった」説もありますが、やはり一番は、
「政治を動かせる立場だからこそ、周囲の嫉妬を恐れた」
これだと思います。
目立ちすぎると、本筋とは関係ないところで足を引っ張られるのが世の常ですから。
一方、その息子・正純は違いました。
彼もまた家康・秀忠のもとで政務の中枢を担った“ナンバー2”でしたが、父とは考え方が違ったようです。
(口調はともかく)たぶん、こんなことを思っていたんじゃないかと。
「親父はビビりすぎや。
わしら、ちゃんと働いて成果出しとるんやから、
報酬は正当に受け取るべきやろ。堂々と貰やあええんや」
結果として、上司からの加増の話にもあっさり乗り、最終的に15万5千石を与えられました。
これは、歴とした功労者である父の3倍以上であり、死線をくぐって長年徳川家に貢献してきた四天王全体の平均額を超えているんです。
確かに、正純は頭がキレた。成果も上げていた事でしょう。だから現代で言う所の「実力主義」「成果主義」の権化のような考え方になったのだと思います。
でも、現実社会というのは“成果だけ”では動きません。
正純は最後、宇都宮釣天井事件をきっかけに失脚。
その背後にあったのは――嫉妬です。
「何を偉そうに」
「なんであいつだけ出世してええ目見とるんや?」
「わしらはもっと苦労しとるんに全然加増されん。おかしいやろ!」
そういう空気が、正純を追い詰めたんです。
私は今回の出町市長の門出にあたって、この正信・正純親子の話を思い出していました。
出町市長は、本多正信的だなと。
「どう見られるか」「どう振る舞えば共感と納得を得られるか」――そういったことを、ちゃんと考えている人だなと。
経営においても同じです。
会社が苦しい時、まずやるべきは社長自身が身を切ること。
それなのに、いきなり商品の質を落とす、価格を大幅に上げる、社員の給与をカットする――
そんな経営をしたら、誰もついてきませんよね。
まずは社長が姿勢を見せる。
そのうえで、カットすべき所はカットし、改革すべき所を改革する。
順番と姿勢、それが大事なんです。
たとえ小さなことでも、「姿勢を見せる」ということは本当に大事です。
なぜなら――
姿勢は至誠に通じ、市政にも通じるからです。
あれ?なんかめちゃくちゃ上手いこと言ってしまいましたね?
そんな私に嫉妬しないでくださいませ。ではまた!
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2 件の投稿
まずは直ぐできるところから手をつけてくれた印象でしたが文句言う人がいるんですね。もちろん4年後なんの成果もなければ文句言ってもいいと思いますが、家計を見直すにはまず固定費からって庶民すぎてダメなの? 私は初日にまずはで 良いと思いましたが
色んな立場や考え方の人がいらっしゃいますので・・・
しかし、我々庶民から見れば拍手喝采ですよね。「そういう事!」という。少なくとも市民の士気は上がるでしょう。「この人は庶民的な感覚を分かってくれとる人や!」と。